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鋸谷式 新・間伐マニュアル
Ogaya's Kanbatsu Method
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福井の若狭地区から始まった、新たな間伐法。
日本中を覆っている間伐手遅れ林の問題を一挙に可決し
環境林としても、保育林としても、理想的な姿に復活させる
画期的な選木、密度管理のノウハウです。


(初出/2000『大内正伸と未来樹2001のホームページ』/©Masanobu Ohuchi 2000)



序章

新しい間伐の考え方とその方法


 全国どこの山でも間伐が遅れ森林が荒廃しています。特にスギ・ヒノキなどの人工針葉樹林は間伐遅れのため林床が暗くなり、下草や潅木が見られず土が露出している斜面も多く見受けられます。このような森林は他の動植物が暮らせないばかりか、保水力も乏しく、木の根の張りも弱いため土砂崩れなどの災害を誘発します。また光合成量や養分が乏しいので、ひょろ長い木が多く、大雪や台風の際に折れることがあり、これは本来の目的である木材生産の点からも好ましくありません。
 間伐をして木を間引いてやり、地面に光を当て、草や広葉樹の潅木を生やさせることが重要です。枯れた草や広葉樹の落ち葉が土を肥やします。そこに集まる昆虫の遺骸、鳥や動物たちの糞が木の養分となります。木々がしっかりと根を張れば治山のためにもよく、沢水も安定して流れます。
 このように山のためにも重要な作業である間伐がなぜ遅れているのでしょうか。一つは間伐が山仕事の中で比較的難しい部類の仕事であること。もう一つは間伐材の値段が極端に安いので山主が木を伐りたがらないこと。さらに環境林・治山に対する認識不足。そして適正な時期を逃した間伐手遅れ林が増えているため、ますます作業を困難なものにしている現状があり、なにより未来の山の姿が山主にも作業者にも見えていないため、間伐によろこびを見いだせないのが、根底にある原因のように思われます。 
 ここで一つのビジョンを提示したいと思います。大木に育ち、疎林に仕立てられ枝打ちされた人工林の下に、広葉樹の天然林が茂っているという光景です。環境林としてもすばらしく、生産材のためにも良い山の姿です。スギ・ヒノキなら70年生以上の大径木になれば、材にした時の歩留まりが良いので、値段がぐんと高くなります。この姿を見据えて、これからの時代の定番となるべき間伐方法を紹介したいと思います。
 




※下写真は福井の鋸谷式間伐施業例です。

  





Step1

選木の方法

 
一般的には密に仕立てて徐々に間伐し、木を販売していくやり方が多いようですが、現在は細 い間伐材は需要も少なく高く売れないので、将来良い材が採れそうな木を残しながら、強度の切り捨て間伐を行ないます。この方法なら一気に草や雑木が生え、5〜10年放置しても大丈夫です。しかも同時に枝打ちを併用すれば、20年〜30年後には非常に価値ある山となります。残す木、伐る木の目安をイラストで示します。まず不要な木(枯れた木・折れた木・曲がり木・病気や虫に侵された木、傷のある木)を伐りながら林分を確認し、見通しを良くします。



木の計測のために下のような道具を用意して下さい。

 

 まず作業する林分の残したい優良木の胸高直径を測ります。それに対して、下の数値を目安に半径4m円内に残す本数を割り出します。



次に樹高を測り、形状比(樹高÷胸高直径)を算定します。形状比70以下の木を残すようにします。80を超えると雪折れや風害を起こしやすくなりますが、70以下であれば、すかすかに間伐してもまず折れることはありません。





Step2

伐り方

 円内本数を守りながら、残す木に白テープを付けて作業内のすべての選木をします。終わったら、一気に間伐にかかります。ロープを使い、2人ひと組で間伐するのが一般的ですが、フェリングレバーを用いれば、一人で能率よく作業することができます。またフェリングレバーとチェーンソーがあれば追い口を2回に分けて伐る「2段伐り」という方法が可能です。これは、木の重みや不意の風などでチェーンソウを挟まれることがなく、とても安全な方法です。



 伐り捨て間伐の際、倒した木の枝払い・玉切り・集積は一切不要です。熊や鹿などの大型獣も入りにくくなり、皮剥ぎなどの獣害を防げます。急傾斜地で細かく玉切りすると、丸太が道路や沢に滑り落ちることがあり大変危険です。特に豪雨のとき残材が沢をふさいで鉄砲水をおこす危険があります。また、強度の間伐のため、掛かり木にはなりにくいですが、もし掛かり木が発生しても、つる切りさえしておけば、やがて風で自然に倒れます。この省略だけでかなり作業効率がよくなります。




Step3

枝打ちについて

 このような強度の間伐の際には枝打ちが不可欠です。間伐と同時か、少なくとも同じシーズンに枝打ちを終えるようにします。枝打ちは、原則として枯れ枝はすべて落とし、生き枝は樹高の半分まで行ないます。材の値打を高め、林床に光を入れるだけでなく、風雪害を防ぎ、かつ光合成量を押さえ年輪が粗くなるのを防ぎます。枝打ちはアサリの出ていない改良ノコを用います。ナタやオノは高い技術を要求され、研ぎも難しく、熟練者でないと枝座(しざ)や幹に傷をつけることになります。また、次の機会に間伐を予定している木は枝打ちを省略します。



一般的な間伐に慣れた眼で見ると、かなりの疎林に映りますが、上の空間を見て隣の木の葉と触れあうのは最大で2本まで。3本では将来折れる確立が非常に高くなります。まったく触れあう木がなくても、形状比と木の選択を誤らなければ風雪に耐えます。




Step4

巻き枯らし間伐について
 間伐手遅れの線香林で、木の多くが形状比80以上のときは、残す木も風雪害にやられてしまうので、巻き枯らし間伐という特殊な方法を用います。ノコギリやチェーンソーで幹にぐるっと切り込みを入れ、伐るべき木を立ち木のまま枯らします。残された木は徐々に形状比を回復しながら、風雪時は枯れ木に守られて成長します。この方法だと2年目に葉が枯れ始め、4年で葉が落ち、10年くらいは枯れ木のまま立ち続け、残す木の支えとなります。円内本数の考え方は前と同じです。



 直径20cmに満たない木は切り込みから折れてしまうことがあるので、皮を剥ぐ方法を採ります。直径の7倍以上の皮を剥ぐ必要があります。いずれの際も残す木の枝打ちを忘れないで下さい。   
                           






※下写真は福井の巻き枯らし施業例です。大飯町福谷の巻き枯しのスギ林。間伐前の本数2.100本のうち、伐倒率15%、巻き枯し率55%、残した生木は30%の620本。典型的な間伐手遅れの線香林を巻き枯し間伐によって救出した具体例です。巻き枯し間伐後4年で下層植生も徐々に回復し、林床にはツタが這い、アオキ、ユズリハ、シダ類、タマアジサイなども見られるまでになっています。取材中コシアブラを見つけて、若葉を採集、鋸谷さん宅で天ぷらにしてご馳走になりました。2001年から群馬、埼玉、東京でも巻き枯し間伐が始っています。


   



同場所の林床には雑木も生えてきた(巻き枯し間伐後4年)。

 


 

Step5

鋸谷式間伐の密度管理図

 健全な山を維持しつつ、良材を育てるために、長い育林期間の中で間伐の本数や時間的なスパンをどのようにとらえたら良いのか? 鋸谷さんの密度管理図はその答えを鮮やかに教えてくれる。

●「眼界成立本数」という考え方
 木は常に成長し続ける。植林した木は枝を張り、背を伸ばして幹を太らせる。間伐を怠れば、四方の枝が触れ合い成長が阻まれる。やがて枯死するものもでてくる。しかし大きく間伐したとしても、いずれは成長して樹冠が密閉し、同じように成長が減衰する。
 興味深い数値がある。1haの広さの中で、成長の限界に達した森林を、人の胸の高さで全部伐ったとする。その断面積(これを胸高断面積という)をすべて合計する。この数値は、生育条件で多少の誤差はあるものの、どんな森林でも合計が80m2くらいだという。最高でも100m2を超えること滅多になく、わずかに四国高知県馬路村の魚梁瀬スギ天然林のごく1部がこれに該当するそうだ。10,000 m2のうちの80m2 であるから、面積比でいうと木の断面合計はわずか1/100にも満たない数値である。
 さて、この数値を人工林の密度管理に応用することができる。つまり、この80という数値を使って、ある胸高直径のときの1haあたりの「限界成立本数」を求めることができるのである。



●胸高断面積と形状比の関係
 たとえばスギ40年生、胸高直径30cmの林分であるとする。直径30cmの木の胸高断面積は、πr2=円周率×半径の二乗=3.14×0.15×0.15で、約0.071m2になる。さきほどの「80」という数値をこの数字で割ると、1.130本という数値がでる。これは、ha当たり3000本の植林からスタートしたと考えたとき、およそ1/3の本数である。つまり、少なくともこの時点で、2000本近く間引いていなければ、その林分に自然枯死が始まることを意味する。ところで、このような生育の限界に達した林分はひょろ長い木が多く、風雪害に弱く、林床に光が届かないため下層植生が貧弱である場合が多い。
 では、健全な山づくりを目指す場合、何本まで間引けばいいのであろうか? 鋸谷さんの調査によれば、スギの人工林の場合、この胸高断面積の合計が50m2以下の林分のとき、形状比(樹高/胸高直径)が70以下の樹木となり、風雪害に強い林分になるという。すなわちそのラインを越えない範囲で間伐を繰り返していけば、下層植生が豊かで、風雪害の心配無用の山づくりになるわけだ。
 鋸谷さんの作成した上図の「密度管理図」の中の、中央の実線の曲線がそのラインにあたる。この形式の図表は森林経営者に広く用いられており、横の時間軸に対して、縦はha当たりの本数が表され、時間軸とともに階段状に降りていく線で間伐のスパンと残存本数が分かるようになっている。ここで重要なのは、鋸谷さんが書き加えた二次曲線の実線と点線である。




●上層木優位の密度管理
 上の点線は「限界成立本数」のライン。この数値より本数が多ければ、枯死が始まる。中央の実線は胸高断面積合計50m2/haのライン。風雪害を回避するぎりぎりのラインだ。いちばん下の点線は、上層木が樹冠を50%以上占有し、育林木のスギが絶対的優位に立つライン。たとえば、この点線より疎らに間伐した場合、下層の雑木との優位の逆転が起こりうる。健全な山づくりを目指すといっても、あくまでも育林木が主役でなければ意味がない(あえて針広混合のモザイクを目指すというなら話は別である)。
 つまり、鋸谷式の間伐の指針は、中央の実線と下の点線の間を、階段状に降りていく密度管理ということになる(ただし、残す木の枝打ちは必須条件。成長を押さえて材の極端な太りを止めるため)。常に林分をこの範囲に導けば、鋸谷さんの言う「下層植生が豊かで上層木が災害に強い形状となり、良質の木材生産と公益的機能の両方が期待できる健全な森林」になるのである。
 これを間伐の作業にとらえなおしたとき、残す本数の目安は一番下の点線のラインということになり、それを半径4mの円(約50m2)内の本数で置き換えた数値が図表下に書かれている。たとえば胸高直径24cmなら半径4mの円内に4本残す。ここまで間伐すれば、形状比70以下をキープしながら、次の間伐まで10年間放置できるわけだ。これは省力化を考えて間伐率を高くしているのだが、作業の際「掛かり木」がおきにくく、効率や安全度も格段に増す間伐密度である。



終章

新たな日本の森林づくりに向けて

 以上のような方法で間伐を完了すれば、5年〜10年と放置するにつれ環境的にも材を採る上でも理想的な森林になるばかりか、無駄を省いた施業法のため、現行の間伐補助金制度でも十分やっていけます。さらに選木がある程度システム化できるので、リーダーを養成すればボランティアでも十分可能な方法です。例えば急斜面の40年生の間伐手後れ林などは、プロでも手を焼いているところですが、巻き枯らしを利用すれば女性や子供の参加も可能なのです。
 本来なら間伐材を搬出して、資源として有効に使うのが本筋ですが、現在の経済・社会情勢では難しいところです。いま行なわれている施業方法の多くは、木が売れ続けた時代の名残りを引きずっていて、無駄な作業が多く、現場の作業員の中には疑問や不満を持っていらっしゃる方々も多いと思います。また皆伐→一斉造林という従来の方法は、本来の自然のサイクルから外れ、山にストレスを与えるばかりか、その後の地拵え・植林・下刈りに多大な労力を必要とします。大径木を育て、常に間伐や抜き伐りをくり返しながら、スポットに植えていくという考え方、そして日本海型の芦生(アシュウ)スギなどの伏状性の萌芽を利用した施業法の研究、品種改良などが待たれます。
 まず健全な森林の姿であらねばなりません。この間伐法の素晴らしいのは、作業後2年、5年、10年と森が美しい姿であり続けることです(ただし巻き枯らし間伐は3年程は景観上みっともない)。動物たちは下に生えた広葉樹を補食し依存します。良材を生み出しながら、保水力を持って安定した沢水を流し出すという、未来につなげる森林形態の黄金率です。この形態を最高に活かすための林道整備(新たな鋪装法や土木工法も含めて)や林業機械の開発が成されるべきです。
 戦後の拡大造林地が、いま全国各地で間伐の手が入るのを待っています。近年、集中豪雨による土砂崩れ・水害が各地で多発しています。このまま放置すれば雪折れ・台風による被害もますます増え続けることでしょう。この間伐法で生まれ変わった森を眺めれば、森が水や空気や動物たちだけでなく、農地や海までも育んでいることを、皆が思い出すのではないでしょうか。 
 森林ボランティアが各地で盛んになり、定年でリタイアされて森林作業に喜びを見い出す方々も増えてきました。子供たちの環境教育にもこの間伐は最高の素材です。小さな水系で間伐のモデル地区をつくり、水量の変化や、動植物の増減を観察するのもいいかもしれません。いまの時代は、高齢となられた山しごと山暮しの語りベと、私たちが接触できる最後の機会でもあります。
 この間伐法が野火のように広まり、真剣にかかわる大勢の関係者が生まれ、新たな森林文化が創出されることを願ってやみません■

                                                  (大内正伸)

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※鋸谷式間伐は、鋸谷茂(おがや・しげる)氏が福井県を中心に普及活動されていたものを大内が取材し、月刊『林業新知識』(全林恊)に「鋸谷式 新・間伐マニュアル」と題して連載(2001.7月号〜全10回)。その後『鋸谷式 新・間伐マニュアル』(監修:鋸谷 茂著・イラスト・著:大内正伸/全林協2002)、『図解 これならできる山づくり』(鋸谷茂・大内正伸共著/農文協2004)が発刊されました。2004年には環境保全型間伐・育林法の開発・普及が評価され、第29回「山崎記念農業賞」を受賞しました。

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参考/森と動物と林業・雑文

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イラスト/『図解 これならできる山づくり』より



間伐講義2001山崎記念農業賞